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映画とドラマ 概要&あらすじ+好き勝手感想文

テレビやネットで視聴した映画とドラマの概要とあらすじ、そして好き勝手に書き散らした感想文です。

「アナと雪の女王」好き勝手感想文

ディズニー映画「アナと雪の女王」の、好き勝手感想文です。あくまで個人的感想ですよ♪

 

 3D表現が素晴らしい!

アナと雪の女王」は、すべて3DCGで製作された作品です。登場人物も、背景も、エフェクトもすべてコンピューター上で作られた架空の世界です。

アニメーション技法としては最新のものですが、日本ではフル3DCG映画はまだあまりなじみがありませんね。映画よりもゲームの方がよく見かけます。

 

 

 視聴前、わたしは「アナ雪」の画像が好きになれませんでした。ポスターやDVDジャケットの絵を見るにつけ「あー、またあのオーバーアクションな感じかぁ」と思っていました。

ディズニーの3D作品といえばピクサーが思い浮かぶのですが、「ファインディング・ドリー」にしろ「モンスターズ・インク」にしろ、ぎょろっとした大きな目と大きな口で、やたらオーバーアクションするのがちょっと苦手だったのです。

 

でも、実際に視聴してみて、「アナ雪」の圧巻の映像美に引き込まれました! 

「さっすが世界のディズニー!」と唸りましたね。

 

とくに雪の緻密さ、エルサの髪の繊細な美しさ、氷の城でのエルサのドレスの濡れたような輝きと透け感が素晴らしい。人間の髪が約10万本なのに対し、エルサのあの編みこみの髪はなんと42万本ものCGIが使われているそうですよ!(CGIが何かって説明は省きますが・・・)

 

そして何より動きのなんてスムーズで自然なことでしょう! 

 

3DCGの場合、個人的に重力を感じる動きができるかどうかがカギだと思っていますが、「アナ雪」は完璧でしたね。「アナ雪」の世界には確かに重力があり、風が吹き、光源があり、感情の揺れに従い登場人物たちは完璧に演じていました。

 

静止画よりも何倍も何十倍も素晴らしいと思いました!

 

エルサを主人公にのし上げた楽曲「LET IT GO」 

レット・イット・ゴー?ありのままで?(日本語歌)

レット・イット・ゴー?ありのままで?(日本語歌)

 

これまでディズニー映画のヒロイン(ディズニー・プリンセス)は必ず一人でした。

 

シンデレラでもラプンツェルでも、ディズニー・プリンセスは素敵な男性と巡り合い、やがて幸せをつかむのが定番です。でも、「アナ雪」には二人のプリンセスが登場します。姉のエルサと妹のアナ。どちらもプリンセスですが、素敵な男性と巡り合い幸せを手にするのは妹のアナだけです。

 

そういう意味では「アナ雪」はディズニー史上初のダブル・ヒロイン作品であり、かつ最後まで相方の男性なしに一人で完結するプリンセスが登場する唯一のプリンセス・ストーリーなのです。

 

じつは元々の構想では、「アナ雪」のヒロインはアナだけだったのだそうです。氷の魔法を使う姉のエルサは心も凍ってしまい悪役となる予定だったのとか! 「アナ雪」は、もちろんアンデルセンの童話「雪の女王」から着想を得て制作されています。

 

ここで、アンデルセンの「雪の女王」のあらすじをどうぞ。

 

アンデルセンの「雪の女王」粗すぎるあらすじ! 
雪の女王 アンデルセン童話集(1)

雪の女王 アンデルセン童話集(1)

 

少年カイと隣に住む少女ゲルダが、仲良く絵本を読んでいたときのこと。悪魔が作った鏡の欠片がカイの目に刺さります。悪魔の鏡の欠片のせいですっかり人が変わったようにいじわるになってしまったカイは村を出、ゲルダのことを忘れて雪の女王の城で暮らすようになります。

ゲルダはカイを探して雪の女王の城まで来ましたが、すっかりカイはゲルダのことを忘れています。「カイ! わたしよ、ゲルダよ!」。ゲルダの涙がカイのまぶたを濡らすと、カイの目から悪魔の鏡の欠片が洗い流され、カイはゲルダを思いだします。

二人は手に手を取って、懐かしい村に帰りましたとさ。

 

アンデルセンの「雪の女王」を下敷きにして考えると、もちろん姉のエルサは「雪の女王」または「カイ」になぞらえられます。妹のアナはゲルダでしょう。つまり元々は、すっかり人が変わったようになってしまったエルサを純真な乙女のアナが探しにゆき、アナの涙でエルサの凍り付いた心を溶かす物語だったはずなのです。

 

このストーリーなら、確かにヒロインはアナ一人ですね。

 

実際の「アナ雪」では、エルサはすべてを凍り付かせる魔法をもっていて、それを人に知られないよう力を押さえつけながら、城の一室に閉じこもって生活してきました。とても鬱屈としたつらい生活だったことでしょうね。

でも、城を飛び出してたどりついた雪山では、もう人に知られることを恐れなくてもいいし、氷の魔法で誰かを傷つけることを気にしなくてもいいのです。思い切り魔法の力を駆使して、エルサはのびのびと自由を謳歌します。

 

そんなエルサの気持ちを表現したのが名曲「LET IT GO」です。英語バージョンではエルサの声を担当したインディナ・メンゼルが歌い、日本語バージョンでは松たかことMay.Jが歌った「アナ雪」を代表する歌です。

 

この楽曲の出来があまりに良かったため、きゅうきょエルサは悪役ではなくヒロインに格上げになり、それに合わせてストーリーも大幅に変更されたのだとか!

 

「こんな素晴らしい歌を歌うエルサが悪役なわけがない!」

 

ということなのだそうです。

ストーリーそのものを変えてしまうほどの「LET IT GO」ですが、なんとたった1日で作られた歌なのですって! すごいですね。

 

 

-----以降ネタバレ注意です!-----

 

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-----以降ネタバレ注意です!-----

 

ストーリー展開にはやや不満が・・・ 

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映像がすばらしく、楽曲もすばらしいのですが・・・。残念ながらストーリーにはやや不満が残りました。

 

姉のエルサが単純な悪役から、自分がもつ強力な力を愛情をもってコントロールすることで、平和な世界を築くという重要な役割を担うように変更になったため、後半がかなりドタバタした印象です。

 

それを象徴するのがハンスの豹変ぶりでしょう。

 

前半は、ハンスは確実に善人でした。アナと初めて会ったときのエピソードも心温まる描き方でしたし、アナに国を任されてから後も、善政で皆に頼りにされていました。アナを探しに出かけるときにも、とても頼もしく見えました。

 

ところが、じつはハンスはアレンデール王国の乗っ取りを企んでいた悪人だったというのですから驚きです! それならそうと、どこかで「アレッ?」と後ろ暗い一面を思わせる表情や行動を挟んでおかないと、あまりに唐突に悪人に豹変してしまって、観客は面食らってしまいます。ほんの一瞬、目が光るだけでも、唇の端がひくつくだけでもいいのですけどねぇ。

 

そして最後は「愛する者のキス」で救われるという、ディズニー鉄板の奇跡ですべてが解決するというのも・・・子どもには分かりやすいのでしょうが、もうとっくに子どもでないわたしには、やはりあまりにも安直なご都合主義に思えて仕方がありません。

 

できれば、もっと現実的にすんなりと腑に落ちるラストであって欲しかったなぁと、よくできた作品なだけにもったいなく感じてしまいます。

 

「アナ雪」のテーマは何?

クリス・バック監督はテーマは「家族の強さ」だと答えています。

 

城の中で別々に暮らし、長い間会わずにいたエルサとアナの姉妹だけれど、強力な魔法で王国を氷で閉ざしてしまったエルサと普通の人間のアナだけれど、そこには拭い去れない愛情と絆があり、それがけっきょくアナを氷漬けにした魔法を溶かし、さらにエルサに魔法をコントロールする術を悟らせます。

 

一方もう一人の監督兼脚本家のジェニファー・リーは「”恐れ”対”愛”」と答えています。

 

氷の魔法を恐れ、封印しようとばかり考えていた頃のエルサの魔力はどんどん強大化してゆき、愛を自覚して初めてコントロールすることができるようになります。恐れず受け入れ、愛をもって対峙することで人々に役立てることができるようになる、ということでしょう。

 

氷の魔法は一体何の比喩?

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二人の監督は上記のように話しているわけですが、巷ではさまざまな解釈がなされています。

マイノリティーの解放を象徴している!

エルサは架空のアレンデール王国においても稀な魔法の使い手です。その力ゆえにエルサは自分のことが人に知られるのを恐れ、部屋に閉じこもったまま長い時を過ごします。

 

その後、城を飛び出して雪原で「LET IT GO」を歌う彼女はとても堂々として、つきものが落ちたかのように生き生きしています。人と違うところを持った自分を肯定したことで、自立し一人で生きていく決意をします。

 

そして最後には、氷の魔法の力をもっている自分を国民皆に認めてもらえ、そのままの自分で受け入れられ幸せに生きる場所を得るのです。

 

これはつまりマイノリティー、特に性的マイノリティーを象徴しているとする捉え方があります。同性愛者でもそれを隠すことなく、普通に生きていける世界が、真に平和な世界なのだと訴えているというのです。

核を象徴している!

強大な力は核兵器を比喩的にあらわしていると深読みする意見もあります。

 

核は国を滅ぼしかねないほど強い力を持ちますが、真実の愛情をもって正しくコントロールするなら、それは決して脅威ではない。国民の役に立つ使い方ができるのだ、ということを表現しているというのです。

 

指摘されてみれば、確かに氷の魔法の力が核だとすれば、ジェニファー・リー監督が言う「”恐れ”対”愛”」のテーマはより深く理解できます。

 

核は恐ろしい力をもつけれど、それを正しく使うことで、人類の未来に役立てることができるということですね。核爆弾ではなく、発電に使うことができると・・・。まぁ、原発が果たして人類の未来に必要かどうかというと、個人的には不要と思いますけどね。

仕事と経済力と見ることも可能?

ディズニー映画ではしばしば芯がしっかりしていて、自立する女性が描かれます。

 

しかし今回のアナとエルサでいえば、アナはどちらかというと他力本願なところが目立ちます。寂しく育った自分を慰めるためハンスと結婚しようとし、氷漬けになった国を姉になんとかしてもらおうという理由で姉探しの旅に出ます。愛らしくはあるけれど、無鉄砲で計画性もなく、あまりしっかりしているとは言いにくい妹性格のプリンセスです。

 

逆に姉のエルサはまるでバリバリのキャリア・ウーマンのようです。美しく有能で、家を出て一人暮らしを始めます。女王の座や家に未練はありません。家族と決裂し、自分一人の力を頼りに生計を立てています。

 

さばさばと一人暮らしをしているけれど、それでも泣きついてくる妹は可愛いと思うのです。妹を思うことで心が和らぎ、その結果、決裂したはずの国や家族、女王という人の役に立つための自分の役割をとりもどします。

 

いくら仕事と経済力を持っていても、人には家族の愛情や絆が必要だということを表現した作品と捉えることができるかもしれません。

 

まとめ

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さまざまに読み解くことができるというのも良い作品の条件です。

 

結局「アナ雪」は、子どもは子どもなりの楽しみ方で、大人は大人なりの楽しみ方で、年齢や性別を超えて受け継がれるべき名作ということでしょう。

 

ハンスの扱いにはやや疑問が残るものの、アンデルセンの「雪の女王」からここまでオリジナルな作品に仕上げた力量はさすがです!